特別研究室

トルコ・イスタンブールの地下鉄の紹介

普通の地下鉄だけではありません


煉瓦積みの古いトンネルを走るテュネル。


 トルコのイスタンブールは人口1200万人を超える東京並みの大都市ですが,軌道公共交通機関はそれほど発達していません。都心部が海によって分断されているというのもありますが,同レベルの人口を持つブラジルサンパウロから比べても軌道系公共交通機関は脆弱と言わざるを得ません。郊外から都心部への直結アクセスには地下鉄が1路線とトラムが走るのみで,それ以外は,海岸地区と高台地区を結ぶケーブルカーが2系統,そして観光用に近い旧式の路面電車1系統があるのみです。これに加え,都心部へ直結しない地下鉄が1路線,トラムもいくつかあり,国鉄の路線も含めこれでイスタンブールの軌道系公共交通機関の全容といったところです。ここでご紹介するのは,メトロと呼ばれる地下鉄2路線(M1線,M2線)とテュネルとフニキュレルというケーブルカーの2系統です。『世界の地下鉄』では,もう1つT4線も地下鉄として取り扱われていましたが,運営組織の発行する地図にはこの路線はトラムT4線として扱われていましたので,ここでは取り上げません(というか,『世界の地下鉄』でT4線を地下鉄として扱っているのは帰国後に気づいたので…)。ただし,トラムの車窓からちらりと見た様子では,T4線もM1線同じ車両を使っているようで,これまたトラムとメトロの合いの子のような路線のようです。

 料金はM1,M2,トラム,フニキュレルが1回乗車1.75トルコリラ(2011年6月現在,100円弱)で,ジェトンと呼ばれるコインを購入するか,アクビルと呼ばれるボタン型IC乗車券が使えます。1日乗車券の類は発売されていません。また,ジェトンとアクビルはカード型乗車券に置き換えが進められており,テュネルの改札口ではジェトンは既に使えなくなっています。このカード乗車券は1回乗車2.5トルコリラ(約130円)なので,ジェトンよりも高くなります。そのため,テュネルだけが1回2.5トルコリラになり,他の路線よりも割高な状態です。アクビルを利用すると,1回1.65トルコリラ(約90円)と割引になりますが,発売額が120トルコリラ(デポジット分を含む)ですので,短期の滞在では利用価値はありません。


M1線車両(左)とM2線車両(中)。ジェトンはプラスチック製。(右)

 駅の入り口はMと↓を組み合わせたマークが立っており,遠くからでも目立ちます。M2線などは地下深くからエスカレーターや階段で登ってくる間に,入り口同士が遠く離れる傾向にあり,同じ駅の入り口が数百メートル離れているところもあります。駅コンコースにはジェトンの販売機とアクビル・IC乗車券のチャージ機が置いてあります。我々が普段お世話になるのはジェトン販売機ですが,日本と同じくまずコインか紙幣を入れ,数量を指定して購入します。ジェトン販売機は10トルコリラ紙幣も使えますので,小銭がなくて困るということはあまりないでしょう。


左:Mと↓を組み合わせたメトロサイン
中:トルコ国旗とメトロサイン。メトロサインは結構目立つ。
右:コンパクトなジェトンの自動販売機。

 イスタンブブール近郊にあるアタチュルク空港と都心に近いアクサライを結ぶ路線で,ハフィフ・メトロとも呼ばれています。1車両2か所のドアを持つ連接台車の2両1ユニットの編成を4編成連結した8両編成の電車が使われていますが,札幌地下鉄の2000系のように1両が短いので,編成全体の長さはさほど長くありません。銀色のボディにオレンジと青のラインが入っていますが,3分割の正面窓などお世辞にもかっこいいとは言えない感じです。電源は架空線のパンタグラフ集電方式で,シングルアームパンタを各編成1つずつ乗せています。線路規格はトラムと同じようです。車内の雰囲気はブリュッセルの地下鉄に似て,ボックスシートが並ぶ座席配置となっています。


左:M1線用車両。どことなく間が抜けた感じ。
右:2両連接の編成を4編成連結。


左:連結部分と連接台車。幌が見えないので1両の車両に見える。
右:車内はボックスシート。

 M1線はイスタンブール郊外のアクサライを起点とし高速バスターミナルがある北部へ大きく迂回しながらイスタンブール空港に向かいます。地下区間はさほど長くなく,郊外地区では高架線や地上線を走ります。地下区間もM2線に比べて浅いところを走りますので,駅での上下移動はさほど大きくありません。駅にはそれほど特色がなく,どの駅も似たような作りになっています。


左:アクサライ駅の大きな駅舎。右:ホームにはこれといった特色はない。

 新市街の高台地区から郊外へ向かう路線です。ラインカラーは緑ですが,それを意識した配色はあまり行われていないようです。比較的深いところをシールド工法で作られた地下鉄らしく,どの駅もホームまでエスカレーターやエレベーターで地下深く潜っていかなければなりません。ホームは長く,8両編成くらいまでは対応できそうですが,ホームの足下には乗車目標が描かれており,長いホームでも4両編成の電車がどこに止まるかわかるようになっています。ホームの案内表示モニターは発車時刻が表示される日本と同じ方式です。発車時刻・行き先のほか今後の延伸計画を広報するCG映像が流されていました。


左:ホームへの長いエスカレーター。
中:シールド工法のホームも長い。
右:発車時刻表示は日本と同じ方式。でも必ずしも時間通りではなかった...

 車両は数年前に導入された4両編成の韓国製新型で,正面から見ると八角形に折られた外観が特徴的です。車内は先頭から最後尾まで通り抜けができ,座席配置はオールロングの横掛けになっています。座席はプラスチック製,つり革のベルトとシートの色が統一されています。車内には韓国のヒュンダイのバッチを付けていました。集電方式は第三軌条方式で,M1線と異なる方式を採用しています。


左:M2線車両はステンレス製。右:車内はプラスチック座席が並ぶ。


左:八角形の断面がよくわかる。右:ヒュンダイの車内銘板。

 M2線の面白いのは都心の起点から一駅のタクシムで系統分割され,シシャーネ−タクシム間はシャトルのように短距離折り返しが行われていることです。1編成の電車が片道1分ちょっとの区間を往復しています。タクシム駅では島式ホームの反対側の電車に乗り換えなければなりません。なぜ直通させずこのような方式を取るのかというと,シシャーネ駅に渡り線がなく,折り返し時に反対線に渡ることができないため,渡り線のあるタクシム駅を終点とし,シシャーネ−タクシム間は1編成,単線でのシャトル運転としています。日本だと一時的でも終点駅になる場合は渡り線を設け,不要になった延長時に撤去するのが普通ですが,上下線が離れたシールドトンネルではそれが難しいようです(日本でも半蔵門線の青山一丁目−永田町延長時には単線のみの営業でした)。

 新市街の海岸地区と高台地区とを結ぶ途中駅なしのケーブルカーの一つですが,このケーブルカーは開業が1875年と,ロンドンの地下鉄に次いで世界に2番目に古い地下系軌道交通機関です。地下鉄の歴史を押さえる上で重要な路線ですので,ここでも取り上げておきます。車両は比較的新しい車両1両編成で,ケーブルカーらしからぬフラットな床面を持っています。車内は横1+2のボックスシートが4つあるドアの間に並び,合計18席となります。海岸地区と高台地区の2つの駅を結び,所要時間は90秒,2つの車両がトンネルの真ん中で行き違う通常のケーブルカー方式で運行されています。

 テュネルはケーブルカーですので,車両自体に動力源を持たず,エレベーターのようにケーブルにより動く仕組みですが,乗務員が乗務して運転します。面白いのは,この車両はパリメトロと同様,鉄車輪とともにゴムタイヤにより走行する方式を取っています。この方式は開業時から採用されたものではなく,1970年代にゴムタイヤ併用方式に変更されました。開業時からフランスの技術供与を受けていた関係で,パリメトロ方式に転換されたのではないでしょうか。自前の動力を持たないケーブルカーに鉄車輪ゴムタイヤ併用式を採用するメリットがいまいちよくわかりませんが…

 もう一つの特徴として,進路は屋根に付けられたガイド車輪により進路が決められるということ。トンネルの天井に取り付けられたガイドレールにガイド車輪が取り付けられており,懸垂式モノレールの要素も持ち合わせています。したがって,テュネルは地下を走る地下鉄と言えますし,動力面ではケーブルカー,進路決定はモノレールと,さまざまな乗り物の要素を組み合わせている興味深い乗り物と言えます。


左:テュネル車両。4ドア1両編成。右:車内。ケーブルカーだが床は平面。


左:テュネル車両の2つの特徴:ゴムタイヤ。
右:架空ガイドレール。手前のガイドレールはもう一つの車両が使う。

 テュネルのどちらの駅も建物と一体化しており,すぐにテュネルの駅とはわからないくらいです。入り口を入ると,切符売り場と改札口があり,そのすぐ奥にホームが見えます。トンネルは煉瓦積みで歴史的な古さを感じさせます。海岸側の駅にはテュネルの歴史を伝える掲示物やモニュメント,その解説があり(トルコ語と英語で表記),予備知識を持たずに乗ってもホームでひととおり勉強することができます。


左:麓の駅の改札口とホーム。
中:入り口にはテュネルの歴史が描かれた絵がある。
右:ホームは平面。一方の高台駅はホームに傾斜がある。

 テュネルと同じく海岸地区と高台地区を結ぶケーブルカーですが,こちらは2006年開業と比較的新しい路線です。海岸側のカバタシュ駅ではトラムT1線と,高台の終点はタクシム駅で,M2線とそれぞれ接続していますので,旧市街から新市街やさらに郊外に行くときには重宝します。両駅とも改札口は乗り換え路線と隣接しており,乗り換えもさほど歩くことはありません(M2タクシム駅は改札からホームまでが遠いですが)。

 動力方式はテュネルと同じで,ケーブルによる牽引方式になりますが,こちらはゴムタイヤはなく鉄車輪のみで車重を支えています。車両は2両編成で,車内の通り抜けはできません。テュネルよりもふた回りくらい幅の広い車両が使われ,連結面に当たる部分には6人分の座席が横に並んでいます。これもテュネルとの違いですが,乗務員は乗務していないようです。また,車内は階段状になっており,ドアごとに数段の段差があります。


左:フニキュレル車両はとにかく幅が広い。
右:テュネル車両と違い,車内は階段状になっている。


左:ホームの傾斜と車両のドア。ドアの付き方になんか違和感が残る。
右:車内から見ると,梁とドアの微妙な関係がわかる。

 駅は線路の両側にホームが配置され,乗車ホームと降車ホームが分かれています。乗車側のホームだけホームスクリーンが設置されていますが,私が利用したときにはドア自体は解放されたままでした。高台のタクシム駅にはケーブル巻き上げの大きな滑車があり,ガラスで覆われていますので,乗客もその動きを見ることができます。


左:ホームドアは開放されたままだった。反対側の降車側にはホームドアなし。
右:線路端にある大きな滑車はガラス張りでその動きが見られるようになっている。

 イスタンブールの地下鉄の全体的な感想としては,まずはイスタンブールの公共交通機関はまだまだ発展途上で体系的な軌道交通がまだできていないということです。今後,M2線が延長されて海峡によって分断されていた軌道系交通機関が結ばれるともう少し便利になるかもしれませんが,現状では空港からタクシム広場まで行くのにも,M1線→トラム→フニキュレルという3つの種類の交通機関を乗り継がねばならず,それぞれ料金が打ち切られてしまいます(通常,このルートはリムジンバスを使いますが)。もう一つ感じたのはシステムの不統一。同じ地下鉄でもM1線はトラムと規格が同じ架線集電方式を採用し,M2線は第三軌条集電方式を採用しています。テュネルは架空ガイドレール+ゴムタイヤ鉄車輪併用式でフニキュレルは鉄車輪のみ。もうバラバラです。そのときそのときの最適なシステムを導入した結果なのかもしれませんが,直通運転や車両の共通化などができないといった問題が生じてくるように思います。まぁ,私のように,趣味で乗る人間にとっては,まるで走行方式の博物館のようで面白いのですがね。


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2011/11/6修正
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