特別研究室

ロンドンの地下鉄

世界で最初に地下鉄が走った街です。



丸屋根が特徴のチューブ車両


・概要
 世界で初めて地下鉄が走った街で、開業は1863年のことです。当初は蒸気機関車がけん引する客車 を走らせていて、トンネル内には排煙口がありました。その後、電気機関車けん引の客車列車、 さらには電車方式による運行へと発展していきました。電車方式が採用されたのは1898年で、 パリメトロの開業よりも2年早くなっています。現在、ロンドンの地下鉄はロンドン市内および 郊外に11路線が張り巡らされ、総延長は400kmを超えています。

 ロンドンの地下鉄は正式には「UNDERGROUND」と表示されていますが、愛称としては「Tube」 で呼ばれています。それぞれの路線は日本と同じく固有名称で呼ばれ、路線図などではその頭文字 のB、C、D、H、J、M、N、P、V、Wを路線記号として使っています。ただし、セントラル線とサークル 線はどちらもCを用い、ラインカラーで区別されています(セントラル線が赤、サークル線が黄)。

 地下鉄の規格は2つあり、1つはサーフェイス規格と呼ばれるもので、比較的初期に 開業した路線を使用するサークル線、ディストリクト線、メトロポリタン線、ハマースミス&シティ 線の4線がこの規格に該当します。サーフェイス規格は比較的浅い深度に掘られた大きめ断面 のトンネルを使う路線で、車両も他都市の地下鉄と似たような感じのタイプです。もう1つの規格は チューブ規格と呼ばれるもので、トンネル断面を極力小さくした大深度トンネルを使用するものです。 後発で開業した路線はチューブ規格が採用されており、サーフェイス規格の上記4線以外は すべてチューブ規格になります。チューブ規格の車両はトンネル断面に合わせて上部側面が丸みを おびた特徴ある形をしています。


左:ロンドン地下鉄のマークは赤丸に青の横線
中:サーフェイス規格の車両。見た目は他都市の地下鉄と似た感じ。
右:チューブ規格の車両丸い屋根が印象的。

 ロンドンの地下鉄は、インフラの保有と運行管理を別組織で行う上下分離方式が採られ、 列車の運行はロンドン交通庁(TfL)が行っています。料金は紙の乗車券とIC乗車券では大きく異なり、紙の乗車券は高い運賃設定がされています。ロンドンの中心部(ゾーン1)で比べると、紙の乗車券は4ポンド(2010年8月現在600円弱)、オイスターカードでは半額以下の1ポンド80ペンス(約270円)です。このオイスターカードへの割引は郊外ほど割引率が低く設定されており、地下鉄で行けるもっとも遠いゾーン(ゾーン9)までだと、紙乗車券が7ポンド(1000円強)、オイスターカードは6ポンド(900円弱)と紙乗車券との差は極端に小さくなります。

 また、オイスターカードの場合はキャップ制度というのがあり、一日のうちに利用料金が一日乗車券を上回ることのないように上限額設定され、上限額を超えて利用した場合はオイスターカードが自動的に一日乗車券として扱われるようになります。また、オイスターカード利用時にはオフピーク割引があり平日9:30〜16:30と19:00以降はキャップ上限額も含め、運賃の割引がなされます(ただし、ゾーン1のみ利用の場合など一部運賃にはオフピーク割引はありません)。このようにIC乗車券利用促進のため、かなりの割引・優遇措置が行われています。

・駅
 駅の入口は建物入口がほとんどで、歩道に階段があるタイプの入口しかない駅はほとんど見当たりません。入口にはかならず丸い「UNDERGROUND」マークが掲げられ、地下鉄の入口であることが示されています。ホームには列車の発車案内表示機が設置されており、次の列車の行き先と到着まで分数が表示されます。通常は2本分の列車まで表示されますが、分岐がある路線では2本目から4本目くらいの列車が交互に表示される場合があります。また、ジュビリー線の一部の駅にはホームドアが設置されていました。将来的に無人運転を行うのかもしれません。


ロンドン地下鉄の駅はほとんどが建物入り口。右のような階段だけの入り口は少数派。


左:曲線ホームだが、ロンドン地下鉄の典型的なホーム。
中:ジュビリー線のウォータールー駅にはホームドアが設置されていた。
右:浅い深度のサーフェイス規格の駅は都心でも屋外の駅も多い。

 ロンドンの地下鉄でも駅ホームはきれいに装飾されているところをよく見かけました。パリメトロのようにホーム全域を装飾した大規模なそれほど多くありませんでしたが、一部のホーム壁にモザイクを施したり、モニュメントを設置したりしている駅は多数あります。サークル線、ハマースミス&シティ線のBaker Street駅には開業当初のものと思われる駅装飾がそのまま残されています。当時の改札口は非常口として普段は閉鎖されていますが、ホームの装飾は他の駅とは全然違うので、すぐに気がつくはずです。


左:ホームのモザイク装飾。 
右:サークル線、ハマースミス&シティ線のBaker Street駅のホーム。他駅とは全然違う。


中:ホーム装飾はいろいろ。
右:ベンチと駅名標を兼ねている。

・車両
 車両は小断面の角が丸い特徴的なもの。どの路線も6〜8両編成で運用されているようです。白い車体、赤い顔と青いドアという共通の特徴がありますが、車両形式によって違いがあり、室内も横がけタイプの座席(ロングシートではなく独立した1人掛け座席)が並ぶタイプや、ボックスタイプの座席があるセミクロスタイプの車両も見かけました。車両間の通り抜けはできませんが、連結面の貫通扉(非常口)の窓は換気用に開けることができます。

 集電方式は第三軌条方式ですが、第三軌条のほかに走行レールの間にもう一本集電用レール(第4軌条)が敷かれているのが特徴です。これは、通常の第三軌条方式では負集電を走行用軌道で行うのですが、ロンドン地下鉄の場合は負集電用のレールを別途設置しており、これが第4軌条となっているのです。


チューブ規格車両たち。細かな区分や車両形式はわからない。


アンダーグラウンド規格の車両。どれも似ているが前面窓の形やライト位置が違う。

・路線
 路線網は同一路線でも分岐があったり、同じ行き先でも経路が2つあったりとかなり複雑です。ロンドン地下鉄で最長営業距離のセントラル線は、分岐に加え分岐した路線がまた合流する複雑な運行体系をとっています。また、ノーザン線は一度2路線に分かれてまた合流してさらに同じ終点を目指しますし、ピカデリー線とメトロポリタン線は郊外で合流して終点駅が同じになっています。ディストリクト線は一本の路線として扱われていても行き先や経由がかなり多岐にわたり、特に注意が必要です。一方で、ウォータールー&シティ線は2駅だけの単純なシャトル路線で、土曜日・日曜日は終日運休になります。


ウォータールー&シティ線Bank駅。1駅で終点のシャトル線だが、車両は6両編成と長い。

 各駅の案内標識では行き先を北方面(Northbound)、南方面(Southbound)、東方面(Eastbound)、西方面(Westbound)という表示で示しています。これは分岐が多いため、パリメトロのように行き先を終点駅で示すことができないためでしょう。この表示方式は路線図さえ頭に入れておけば何となく理解できますが、それまではどこ行きがNorthboundなのかは路線図を見ながら判断しなければならず、「Jubilee lineのwestbound trainは運休」と言われて、ピンと来るまではしばらく時間がかかります。おまけに、路線図でたとえば北西方面(つまり左上に伸びる路線)がWestboundと表示されているのかNorthboundと表示されているのかも微妙なところです。


Eastboundの表示。日本と同様、ホームには番号が付けられている。

・集中工事
 私が滞在した8月は夏休みの集中工事が行われる時期でした。そのため、ハマースミス&シティ線の一部は終日運休し、軌道の再敷設などの大規模な工事が行われていました。運休区間には代替バスが運転されていました。8月とはいえ、長期間の運休で何かと支障が出てくるのではと思いますが、利用客もあまり気にしていない様子でした。また、日曜日には1日だけの工事が行われることもあり、一部路線が区間運休する場合もあります。私の滞在中はジュビリー線が日曜日に区間運休していました。

・パリメトロとの比較
 パリとロンドンはヨーロッパの2大都市であり、よく比較の対象となりますが、両都市の地下鉄を比較してみると、いろいろな違いが見えてきます。まずは、上での説明した深度の違い。パリメトロが当時の土木工事技術の限界と工事費抑制のため、道路のすぐ下浅いところを走っているのに対し、ロンドン地下鉄はサーフェイス規格の路線を除き、基本的に深いところを走っています。


ホームへは長いエスカレーターで。

 トンネルはパリメトロが上下2本の線路が1本のトンネルに敷かれているのに対し、ロンドン地下鉄(チューブ規格)は小さな断面のシールド1本が上下線各1本のようです。そのため、駅も上下線が離れており、島式ホームというより片側ホーム2本の一部を通路で接続した形の駅が多くなっています。そのため、都心部では上下線の列車が並ぶ姿を写真に写せる駅はあまり多くありません。


シールド工法の小断面トンネル。車両との隙間はほとんどない。

 ロンドン地下鉄はゾーン制を採用していますが、パリではメトロに関しては均一料金制を採用しており、運賃制度に違いがあります。また、ロンドン地下鉄ではIC乗車券への大幅な割引を実施しており、これはパリメトロにはないもので、ロンドン地下鉄の特徴と言えるでしょう。そのため、ロンドン地下鉄では観光客でもIC乗車券(オイスターカード)を入手して地下鉄を利用する傾向が強くなっています。実際私もオイスターカードでしか利用できない7日間乗車券を使っていました。

 改札口はパリメトロのほうが厳重に不正乗車を管理しており、回転バー+扉という重装備の改札口が見られるのに対し、ロンドン地下鉄は扉のみの改札口がほとんどです。均一料金制のパリメトロは降車駅での改札がありませんので、乗車時に厳密に不正管理をする必要があるのでしょう。でも、荷物を持って通り抜けるときなど、ロンドン地下鉄のほうが圧倒的に便利。また、ロンドン地下鉄では、ベビーカーやスーツケースを持った人のための専用改札口もあり、これはパリメトロには見られない設備でした。

 路線網を比較すると、パリメトロには単独路線が分岐するケースは7号線と13号線の2つしかありませんが、先に書いたように、ロンドン地下鉄は分岐、循環など非常に複雑な運行形態になっています。ロンドン地下鉄はパリのRER的な郊外電車の役割も担っていると考えると、パリのRERの運行形態もかなり複雑ですので、郊外路線の宿命としてこのような複雑な運行形態になってしまうと言えるのかもしれません。

・全体的な感想
高くない輸送力と駅設備能力
 どうもロンドンの地下鉄に乗っていろいろと見ていると、どうも輸送力はあまり高くないと感じることが多々ありました。小断面のトンネルに対応した小さな車両は定員が少なくどうしても多くの乗客を運ぶことができません。角の丸い小さな車両は車両の中ほどに立てる人が少ないうえ、ドア付近に立てる人の数をかなり減らすことになってしまっています。電車はデイタイムでも2,3分間隔でやってきますし、ラッシュ時も1,2分間隔になってますが、ラッシュ時には積み残し(というか、乗客が進んで次の電車を待つ)をよく見かけました。


車内の男性は頭がドアに挟まれそう。

 また、駅の乗客処理能力もあまり高くないように感じました。特にチューブ規格の大深度路線はエスカレーターで改札階とホームを結んでいるため、このエスカレーターの処理能力を超える乗客が殺到した場合、エスカレーターの前には長い列ができてしまいます。また、一部の駅はエレベーターが改札階−ホーム間の移動の中心的役割を担っている駅(ピカデリー線Covent Garden駅など)もあり、こういった駅もエレベーターに乗るため、ホーム階段や通路に人が滞留してしまうということも見かけまし、Oxford Circus駅では、地下鉄に乗る人が駅入口に殺到し大混雑している風景を目にしました。このように、大深度+小断面というロンドン地下鉄のチューブ規格には、輸送能力の限界があるのではないかと感じました。そういった意味では、新しい規格として採用したチューブ規格よりも初期のサーフェイス規格のほうが将来性があったのではないかと思います。その辺、ロンドン地下鉄の運営会社がどう考えているのかはわかりませんが。


左:ホームの混雑。
右:地上へ上がるエレベーター待ちの乗客。

印象が薄かった
 ロンドン地下鉄に関しては、世界最初の地下鉄ということで、歴史的には注目すべき点がたくさんあるのでしょうが、私の印象としては、何か平凡というか、印象が薄かったというか、自分なりに「これが面白い!」というものをつかめなかったというのが正直な感じです。もちろん、これから何度も乗ることがあれば、パリメトロのように興味が湧いてくる部分があるのかもしれませんが… 今回のロンドン滞在では市内中心部(ゾーン1)しかロンドン地下鉄を利用することはありませんでしたので、ロンドン地下鉄のごく一部しか見ていません。今度ロンドンを訪問する機会があれば、もう少し郊外の路線に乗ってみたいと思いました。なお、ロンドン地下鉄に関しては、多くの鉄道趣味サイト(日本語サイトも含む)でも紹介されていますし、趣味本も多数刊行されています。もし興味がある方はこれらをご覧ください。


参考資料:

  • 『地球の歩き方'09〜'10 ロンドン』,ダイヤモンド社,2009.10。
  • 日本地下鉄協会『世界の地下鉄 151都市のメトロガイド』,ぎょうせい,2010.3。

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    2010/9/20作成
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